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 鹿沼今昔ものがたり
 コラム:白石さん

 その一
 その二 秀吉の好色、鹿沼の衰退
 その三 徳川家康没して・・・
 その四 家康の柩 鹿沼に・・・
 その五 秀忠、釣り天井を避け・・・
 その六
 その七 家光は家康が大好き
 その八 鹿沼の消費と経済
 その九 天朝さまのお使いが通る
 その十 天下太平祭りだ祭りだ
 その十一 薬用人参の栽培
 その十二 終わりの初めは大変だ

 


その十 天下太平祭りだ祭りだ
元禄の頃から作付けが始まった麻は、しだいに各地に広まり、鹿沼は麻の産地としての名声を高めて行きました。八代将軍吉宗の頃には麻の産業は庶民のものとなってきました。さらに80年も過ぎた文化年間には鹿沼宿の家数は735軒となり、其の7割が商い渡世またそれを兼ねていたようです。
職業も多いほうは麻・米・穀物・荒物・質屋・醤油・水油・旅籠・桶屋などなど70業種にもおよびました。幕府は無用の食物商いはやめるように倹約令を度々だしますが居酒屋とか茶屋(今の喫茶店)など庶民の欲望を抑えることはできず、次第に増えて行きました。文化2年鹿沼は戸田越前守が支配していました。その時の幕府への報告書にこう残されています。
石高  1699石4斗
本陣  建坪 96坪 玄関付 門構え
旅籠  28軒 内 大 1軒 中 1軒 小 26軒 などなど
当所名産麻の儀、近在にて作り候にて、鹿沼麻と唱え、江戸・京・大阪・濱方(千葉房総)まで当所商人共より売り出しもうし候。
男女農業のほか男は近郷の市で商いつかまつり在所より麻・たばこのようなものを買い出しにまかりいで、女は麻糸、畳糸など手業つかまつり候。
今から200年ほど前の宿場の様子がうかがえられます。京、大阪まで商いの手を広げた商人によって鹿沼の庶民まで潤ってきました。
鹿沼の氏神は北条氏のとき二荒山神社の分祀を遷座したものが今宮神社であります。日光の弥生祭にならい、古式豊かな神輿の渡御をしていましたが、踊り屋台が造られ町ごとに踊りや狂言などを競い庶民のものとなってゆきました。文化年間1812年ごろ彫刻屋台が造られます。華美から豪華に変わってきました。財力も伴ってのことでしょう。
以来、文政、天保、文久、明治、昭和、平成の今まで彫刻屋台は作り続けられ、今その数27台となっています。お囃子は屋台を持たない近在の人々がそれぞれの流儀があり、伝承してきた囃子方を競い合います。十字路で屋台が出会うときはその頂点に達します。
毎年10月の第2土曜〜日曜日です。
祭り好きな方はどうぞお越しを!
 
 
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